mmntnem’s blog

徒然と…

飛べない飛行船

何をしたかったのかも、忘れた。

 

私はひとつ勘違いをしていて、寮の在籍期間は原則として4年であるらしい。

留年しても追い出される。

 

しまった。5年生で一人暮らしをする必要が出てきた。

両親は北海道にいる。普通の家でそんなに稼ぎがあるわけではないが、子供の学業にはお金を惜しまずに使ってくれている(という話を以前聞いた)。

寮で泥酔して廊下で寝ていることが多かったとき、寮にいることが面倒になったときに一人暮らしをさせてほしいと頼んだことがあるが、それほどの余裕はないので諦めてくれと言われていた。

 

そんなことを思い出したら、自分がなぜ大学に行っているのかもわからなくなってきた。

 

親のお金を食い尽くしてまで大学に在籍する目的がない。

自立したいが、バイトもできない状態。

 

生きるうえで信条を持つことは私の希望であり、核となっていた。

いまは自分がどこにいるのかもわからない。

 

全てが滅茶苦茶に思えてきて頭が痛い。

今日もきっと自分を殺す夢を見る。

 

無内定4年精神病の留年

 

いつのまにか対人恐怖というものに陥っていたらしい。そんな気はあったが、最近になって増した。

今まで人に怯えるということはそんなになかったが、恥という感情が芽生えるようになった。私は恥に怯えている。

 

きっかけは、就職活動だ。

周りが面接などを受けている間、病気のことばかり考えてうじうじしていたツケが今、回ってきた。

私は何もしなかった。

 

対人恐怖の中でも私が抱くのは被害恐怖というものだ。

内容としては、周りに感情をむき出しにしている人がいることが怖いということ。

自分のことを決めつける人がいることが怖いということ。

すぐに怒る人が、感情が怖いということ。

 

被害恐怖は女子は3年次がピークらしい。私はおそらく夏のインターンに行けなかった時から3年生を引きずったまま、4年生になった。なので今がピークだ。

 

被害恐怖というものは被害妄想と同じであると考える。

過剰な意識と妄想で、私は私の手によって首を絞められている状態なのだ。

 

 

この内的な状態を改善するためには、外的なもの(環境)を一旦休むしかないと考えた。

 

 

つまり、休学だ。

 

 

しかし、私の住む寮は留学や休学は追い出されるという仕組みになっている。

 

そこで、私は意図的な留年を計画し、今日、実行した。

 

4年は大学を休む。出席重視の教科はおそらく全て落とすだろう。

ゼミは行こうと思う。卒論も今年中に書く。

 

ただ、大学という機関に所属する期間を延ばすということ。これが今の私にとって一番の生き残る方法である。

 

 

前向きな留年、私はこの一年で仕上げるつもりだ。

比べるな、取り込むな、個を見よ

いまは躁のようだ。

 

 

いろいろなことに引っかかり、怒ったり悩んだりする。

今日はあまりにも暇だったので、昔のことを引っ張り出して怒っていた。(暇すぎる)

 

 

お前はわかってない。そして、私は解を持っている。

 

 

これはかつて私が短期間のうちに様々な人と会い、お話しをする場を設けていた時期に言われた言葉だ。

 

わかっていないのは私だけだったのだろうか?あなたは、私のこと、精神病のことをよくわかっていたのだろうか?

どうも、理屈で説明できてもついていかない心の問題というものを無視されているような気がする。根本的に話が合わない。

 

自身の失敗体験と克服法を聞くのはとてもためになる、がそれを聞かせてもらった後に

 

で、お前はそれができていないんだ。

 

と言われると私のプライドが許さず、心の中でとても怒る。

私は病気と数年付き合い、年中ぼーっとしているだけでもなく、文字が滑るような状態で震える指で文字を追い精神に関わる本を読んだ。あまり好みではないタイプの心理学の本も読んだ。勉強してきた、そのおかげで自分のゆがみやおかしいところははっきりと認知しているつもりなのだ。

 

だから余計なことを言わないで欲しい。あなたは私のことを何もわかる気がなさそうだし。

勝手に私というものを自身の中に取り込んで、同じ処理をしようとする。恐ろしいことだ。

 

 

人の経験は全て個別のものであり、決して比べてはならない。

自分の親が亡くなった話をしている友人に、自分の親もいついつに亡くなったよという切り口で励ますだろうか?

乗り越えるべきものは一緒でも、個人の背景やこれからの道のりにある苦難、それぞれの性格などは別物だ。

 

発展途上国の話を持ち出す人間は絶対的な貧困のことを語るが、日本の相対的貧困の話をしている人間には出会ったことがない。スケールのより大きいものを出して相手を納得させるプレゼンテーションをしているだけなのだ。

それは相談でもなんでもないもので、私はとても気持ちが冷める。

 

容姿の話も同じく。恵まれているなら、苦しい部分はスルーしろというのだろうか?

目をそらすという行為が私は最も苦手だ。自分の下を見て精神の安寧を図ることはあまりしたくない。自分自身と向き合わないと生きてる意味がより一層わからなくなる。

視野が狭いと言われたら否定はできないが。

 

例えば家の跡を継ぐことが決まっているようなお坊ちゃんと呼ばれる方でも、苦労があると察する。世間はそういうものをわからない。平気であの人は恵まれてるのに〜と語る。

それゆえ、嫉妬という大きくて、邪悪な感情で平気に人を傷つける。

そんなのどうでも良いだろう。人間が、個人が幸せになることだけを追い求めることができないのが悔しい。

 

解があるのなら、あくまであなたの経験として、一例として、語って欲しい。

 

成功者ほど自信満々に語るので怖くて、アァネ、と思う。

 

ああいった人は、自分のわからないものや、わかる必要のないものというのを切り捨てるのが上手い。

しかし、人間性を生み出しているとも言える人の生き方を、統一させてしまおうとする考えはとても恐ろしい。

 

負の要素であってもそれは人間を作る、個性である。たとえ状況が悪くても前を向いているのならそれでじゅうぶんではないだろうか。

 

処罰ではなく支援を。

 

支援というのは話を聞くだけでもいいものだと考える。

しかし人はアドバイスをするのが好きだ、そこに若干のマウントなどが混じってくる。そうしたら私の気にくわない話ばかりが耳に入る。

真面目すぎて申し訳ないな。

 

ああ、人間は面倒臭い。

それでもそんな人間を愛せるときはあるのでくじけずに生きていこうと思う。

 

 

 

 

次の鬱はどんなものか。

積極性のない生き方は、人生への大きな保険

 

はやめに死ぬとでも思い込んでいるのか先のことがしっかりとは考えられない。

ぼんやりと楽に生きて、どん詰まったらそのまま死ぬ。

 

人に必要とされるなら受動的に生きていいかなという気持ちはある。

他者から私への想い、という糸のようなものに吊られて宙をぷらぷらしている。

糸を切って穴に落ちるより、自ら飛び込む方が楽だと思うので全てが無理になればそうしたい。

また、糸は切っても切っても新しい糸で結ばれる。糸があまりにも細く見えるので、私はこのことが嬉しいのか悲しいのか怖いのか、わからない。

 

そのような状況で身体を動かすのは窮屈だ。これは能動的に生きることをしない代償らしい。他者の求める記号をなんとなく作り、”私”として見せる必要がある。これはとても疲れる。こんな生き方しかできないのか、と自分に呆れる。夜中、ワーッと声をあげたくなる。

真面目に生きようとするといつもここに帰ってくる。

破滅行動をとる自分とはかけ離れていて、ギャップに悩む。コップを割る。

 

能動的に生きようとしても、動物的に三大欲求を満たして、あとはもう何もできそうにないのが今。もし、長めの睡眠をとりエネルギーが湧いたなら。

 

私に何も求めないでくれ。

 

そうしたら、踊るので、馬鹿にしてもなんでもいい、最後まで踊らせて欲しい。

 

 

 

メンヘラというスラングによって作られる”居場所”感

 

自己肯定感が低く、自分を責め続けている。誰に向けるわけでもなく、ゆるしてくれ、ゆるしてくれと頭の中で何度も唱える。

いや、私はもう何度もゆるされてきた、そしてこれからもそうだろうと片隅で思いながら ゆるしてくれ と言う。

 

ずっとひとりみたいだ。もしかしたらこれはこの世の真理であって、私がひょんなことにある日突然気づいてしまっただけなのかもしれないが、

病気になってからずっとひとりのようなのだ。

 

私の居場所について話したい。

私は主に3つの拠点を持っている。実家、自宅、恋人の家だ。

安寧の地というものはどこにもない。強いて言えば自宅は何もないので良い。

ここで私は色々なくだらないことや、生きること死ぬことについて考えて日々を過ごしている。私は寮生なのでその自宅もあと1年足らずで失うことになるかもしれない。

実家などは人間との関わりによって居場所を生む、ということ自体に抵抗があった。

人と関わりすぎると熱を出したり、体調を崩すことも理由に含まれる。調整をすることが苦手で、あるのがダメならなしにしてしまえばいい、と考えがちだ。

 

死ぬときのことを考える。希死念慮が始まってから3年が経ちそうだ。

死にたいとフランクに言ってるのかそうじゃないのか、自分でもわからなくなってきた。

ただ、いつか本当に、なんて考える日は多く、死ぬときは自分のエゴで死ぬのだと自分に言い聞かせている。

助けてと周りの人に言いたくない。あの子にもっとこうしてあげたら良かった、となるべく思わせたくない。だからわがままで意地っ張りな自分というものを貫き通して、いつかその時が来たらわがままに死ぬ。誰も悪くなくなる気がして私は満足すると思う。

 

私には強いとか弱いとかが全くわからない。だけどこれが私の正義で、強い意志であるような気がしている。

こんなことをここに書いてしまう時点で私の意志の程度ははかられてしまうような気もする。

私はやっぱり根本的には弱い人間だ。 

 

数年前、自宅にいるときに、メンヘラというコミュニティに頼るという方法を知った。それはタブレットでどこにでも持ち込み可能であることがわかった。すぐに、いつ何時も揺るがない私の居場所となった。人のマイナスと受け取られる特性がコミュニティになることってそんなに多くないんじゃないだろうか。

 

馴染めなかった人、排除された人、話し合える人間がなかなか見つからない人、そういう人たちが集まって、ただなんとなくそこにいるということ。 

はっきり言ってしまうと、私がメンヘラであることで築いた人間関係は希薄なものが多い。が、それが楽なのだ。(あって遊ぶほどに仲良くなった人もいる。)

私はここら辺の認識がおそらく弱く、どうでもいいという体裁でどうでもよくないことをしている。例えば人が死んだときに、ああ、また、でも、と、思う。

 

保険をかけていてもゆるされるのだ。私のツイートは空中を舞うだけだから。

無責任に人間関係をやっていたいだけなのかもしれない。それでも心地いい。

 

私は寛解を目指して治療中だ。

これから、メンヘラを名乗る理由が一つもない人間になるかもしれない。そうなることにアイデンティティについて考えて、不安になることがある。

が、そうなったときには、実家や、恋人の家は本当の居場所になり得る。

 

私はこのはざまにいる状態がとても苦手で、苦しいのだ。前進する努力を長く怠って来た人間だ。

それでも、私は新しい居場所を探さないといけない。

それは私のためというよりは、周りの人間のためかもしれないが、周りの人間が望むことを私が実行することが私のためへと戻ってくるのかなと思ったりする。自分の判断はいつからか信用のできないものになっている。

 

最終的に、離れることは考えにくいので、コミュニティを避難所という位置付けにしたい。メンヘラがよくなれば、今まで交流のあった人たちとは友人として関わっていきたい。

 

最近の私は、病気のことばかり考えて、おかしくなりそうだ。
もっと別のところに手を伸ばさないといけない時期が来ている。